Title Art
物語のはじまりをデザインする
──ソール・バスの背中を追いかけて
映画が始まる前、まだ誰も語らず、誰も泣かず、誰も死なない。
けれど、観客の心はすでに“何かが動き出す予感”に包まれている。
その「はじまり」をデザインしたのが、ソール・バスという男だった。
私たちDRAWING AND MANUALが、創作の哲学を語るときに必ず思い出すのが彼だ。
1950年代から90年代にかけて、ハリウッドの映画界に「タイトルデザイナー」という新しい職能を出現させた稀有な存在。
名前を知らずとも、彼の作品は世界中のスクリーンを通って心に刻まれている。
『七年目の浮気』『ウエスト・サイド物語』『北北西に進路を取れ』『サイコ』『エイリアン』『グッドフェローズ』――
映画史を飾る名作たちの“入り口”を、彼はデザインした。
『ウエスト・サイド物語』のエンディングでは、
エンドロールを“文字の羅列”ではなく、“余韻のデザイン”に変えてみせた。
街の壁に描かれた落書きのように、クレジットが物語の景色に溶けていく。
観客はいつの間にか、現実に戻ることを忘れている。
あの終わり方こそ、ソール・バスが信じた「映画の呼吸」だったのだと思う。
だが彼の凄みは、映画だけではない。
ユナイテッド航空やAT&Tといった企業のCIを手がけ、グラフィックデザインの世界でも革新を起こした。
彼にとって“映像”と“デザイン”は別々の言語ではなく、
どちらも「時間をデザインする」という同じ文法でつながっていた。
ロゴの中にストーリーを見つけ、物語の中にロゴの秩序を見出す――
その往来の軽やかさこそ、彼の創作の真髄だった。
ジャンルという柵を軽々と飛び越え、
映画館の暗闇でも、広告の紙面でも、
同じ一筆で世界を描くことができる。
それはまるで、グラフィックデザイナーの姿をした映画監督、
あるいは映画監督の皮をかぶったグラフィック詩人のようだった。
DRAWING AND MANUALの根底にも、その自由な精神が息づいている。
タイトルバックとは、単なる映像装飾ではなく、
音楽、文字、時間、感情――あらゆる要素を束ねて世界観を立ち上げる“総合芸術”の場。
そこでは、個人の才能よりも「異なる領域をつなぐ力」が問われる。
まさに、ソール・バスが生涯で証明してみせたことだ。
私たちは彼の背中を追いながら、いつも思う。
“創造とは、分けることではなく、混ぜることだ”と。
そして、ジャンルや肩書きを超えて流れるあの自由な感性――
それこそが、いまもDRAWING AND MANUALの映像づくりの原点であり、
私たちが「動くデザイン」を信じ続ける理由なのだ。
Title Art Works

